ヴィレッジピープル

ヴィレッジピープル

中学校の時にヴィレッジピープルが流行りました。

ピンクレディの「ピンクタイフーン」や、西城秀樹の「YMCA」は、ヴィレッジピープルの「インザネイビー」「YMCA」のカバーですので、それで洋楽を聴いていなかった頃の私も、ヴィレッジピープルは知っていました。

そんな時、友達が女性誌を学校に持ってきて、「見て見て!」と。

ヴィレッジピープルはゲイ集団!という記事でした。

エイズという病気がゲイの病気だと、今でこそ「それって間違ってる」と皆が知っている事でも、まだ皆目わからない不治の病という認識と共に、実しやかに言われた時代でしたから、ゲイというのにも全く理解がなく、ただただスキャンダラスに扱われていました。

余談ですが、その頃に自分自身をカミングアウトした感染者や同性愛者は、本当に勇気があったと思います。

で、まぁヴィレッジピープルはゲイ集団!というその記事を、私たち無知な中学生は「えええええ????」と食い入るように読んだのでした。

「えええええ????」と驚いてみたものの、ゲイ自体をあまり知らなかったので、わかったようなわからないようなまま、「そうかぁ。。。すごいなぁ」と、シタリ顔で言ってみたりしました。

中学も後半になると、「風と木の詩」などの少年愛の漫画を皆が読むようになり、「美しいもの」のように考えていたので、薔薇族もそうなのかと、友達同士、敗者が薔薇族という雑誌を買いに行くというジャンケン大会を決行しました。

敗者が購入してきたそれを放課後、公園に集まり友達みんなで読んだのですが、おっさんフンドシは衝撃でした。

「なんか漫画とチガーーーウ!」

ほんとね、その時のみんなの顔を今思い出しても笑ってしまいます。

拍子抜けしたような、なんとも言えない顔。

なにが起こったのか、みなしばらく理解出来ないのです。

「なにこれ。。。」なのです。「相撲?スモウとってるの?」

ゲイに理解を寄せたのは、吉田ルイ子さんの著作を読んでからです。

本当のところの苦悩や問題を理解することは、今でも出来ていないのでしょうが、その後に友だちになったゲイの子たちのおかげもあって、変に敬遠したり偏見を持ったり、それをしなくて済みました。

そんなことを急に思い出して、ビレッジピープルのPVを、ユーチューブで見ました。

あれはすごい!

軍服、警察、ネイティブアメリカン、カウボーイ、道路工事人などのコスプレで、マッチョな彼らがマッチョジムを踊りながら闊歩する、そんなPV。

あまりに露骨で、大笑いです。

露骨すぎて当時はゲイから、「おちゃらけすぎ!」と支持が得られなかったようですが、世界的には大成功。

機会があったら、見てください。ほんと、心から笑ってしまい、幸せな気分ウケアイ!

脱毛 神戸脱毛 埼玉

女子プロレス

怒り新党の日本三大〇〇で、以前デンジャラスクイーン北斗晶の回がありました。

しばらく忘れていた「女子プロレス」への熱狂を思い出しました。

放課後、部活動もしていませんでしたから、ただただダラダラと教室で、同じような「ダラダラ友達」とダベっては過ごす学生だったのですが、この女子プロレスにハマっていたときは、なかなかアクティブに過ごしていました。

机でリングをつくり、どったんばったんその友人らと「プロレスごっこ」に興じていたのです。

それもほぼ毎日。

ジャガー横田の全盛期でしたので、スープレックス、バックドロップホールド、ジャンピングヒップアタック、卍固めなどを、ものすごいお粗末なクオリティでマネッコするのです。

私は大型選手ではなかったのでwミミ萩原も好きでしたねぇ。

ミミスペシャル、ビーナス固めを得意とする選手でありました(爆

飛んだり跳ねたりが得意な選手、この選手の名前をすっかり忘れてしまったのですが、私が好んでマネッコをしていました。

ビューティペアが、そこまで好きではなかったんですよ。

なんっていうか、「正しすぎる人」に見えていたのかもしれません。

こんなことで生傷が絶えない娘を、両親は情けなく思っていたのでしょう。

「そんなことで傷だらけなら、どうか部活動をしてくれ」と言っていました。

いやぁ、部活は嫌いだったんですよ。

なにしろ帰りたい時に帰れませんし、うじゃうじゃいる先輩に、へっこへこ挨拶ばかりしなければなりませんし、かったるいじゃないですか。

ちょうどテニスが大人気で、テニス部の多さといったらもうね、「絶対にレギュラーになれない」と、はなっから諦めなきゃやってられない感じでね、そんなこといえば「そんな了見でスポーツをやってはならない」とお叱りを受けるのでしょうが、もともとスポーツマンシップなど持ち合わせていませんから。

とまぁ、そんなこんなの女子プロごっこだったのですが、とうとう机で、教室の窓ガラスを割ってしまいました。

何の拍子か、ぼーんと机が飛んでいってしまったの。

派手に割れましたわ。

「やっちゃったぁ。。。」

いきなり現実に引きも出されるというか。

大きな音に驚いて、先生が飛んで来る。

そのころ「学校が荒れている!」と言われ始めた時代ですから、先生も「とうとううちの学校にも!」と飛んできたわけですよ。

しかし、そこには「不良」とは言い難い、フツーの女子中学生が、髪の毛振り乱して鼻血まで出してですよ、4人、割れた窓ガラスを前に、ボーゼンと立ってるわけですよ、セーラー服のスカートをマクってブルマーに入れた異様なカッコウで。

「なにやってんだ!」の問いに、「ミミスペシャルの失敗で。。。」と蚊の鳴くような声で答えました。

北斗晶選手のころには、「ごっこ」をする年齢でもなかったのですが、それでもVTRなどが流れると、枕にノーザンライトボムをお見舞いし、高らかに笑うぐらいはしてしまいますね。